三国志の刺史と太守の違いを教えて下さい。
後漢末や三國志の時代の地方行政は郡県制と呼ばれます。州、郡、県という行政単位が置かれ、州の長官が刺史(牧)、郡の長官が太守、県のうち大きな県の長官が令、小さな県の長官が長と言いました。
つまり刺史とは州の長官、太守とは郡の長官です。
『三国志演義』では州の太守なんかがいるので混同しがちですけどね(^_^;
ちなみに州刺史は兵権がなく郡や県を監督・指導する立場で、それに兵権を持たせて権力を強化したものが州牧です。
なお、皇族の領地となった郡は国となり、太守ではなく相という代官が置かれました。
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